借金地獄の生活で貧しい食事。

借金が有り生活に苦労

毎日返済のためのお金の工面に奮闘しています。
借金地獄のデメリットが生活において大きく響いてしまい、支払いがあるために様々な苦労をしています。
借金地獄と他人に言うと意外にも驚かれてしまい、中には借金があるというだけで友達の縁を切ってしまう人もおります。

借入を作ってしまった理由、それはお金にだらしがないから、に尽きます。
真面目に生活をしていたつもりが、友達に頼まれてしまうと断れない性格であり、友達のために尽くして借金を背負うはめになってしまいました。
友達は、こちらが借金を作ってしまったと知るや否や、すぐに縁を切ってどこかへ消えてしまいました。
友達のためを思い借金をしたつもりが、私に残ったのは友達ではなくただ借金のみでした。

借金は消費者金融から借り入れています。
合計で200万円程度でしょうか。
借金地獄、との言葉を知ってはいても、株や事業経営に手を出さなければ縁が無い物だとばかり思っていました。
まさか友情から借金に繋がるとは、と今でも自分に呆れてしまいます。

借金地獄のために、毎日質素な食事をして、生活もあまり楽しめずにいます。
友達がゲームセンターで遊んでいても、自分はお金が無いから、と見ているだけで場をしらけさせてしまうことも。
いつか完済する時まで、質素に生活をして自分を省みようと思っています。

借金地獄で極貧生活

私は独身時代に結構な額の借金がありました。
当時は一人暮らしで給料もとても少なかったので、借金を返済したら全く生活に余裕はありませんでした。
まだ20代だったので友人の結婚式などの冠婚葬祭に呼ばれることも多く、借金を返済しながら他社から借金をするといった悪循環な状態でした。

友人の結婚式や会社の飲み会などがあった月は最悪でした。
もともと家賃や光熱費、借金の返済をしたら残るお金は2、3万円で、その中から食費などをねん出していました。

もちろん友人からの誘いなどはほとんど断り、いつの間にか私は付き合いの悪い人とされ、友人からは全く誘われなくなりました。
会社は副業が許されていなかったので副業などをして稼ぐこともできず、かといって就職困難な時代に転職する勇気もなく、とにかくお金をかけずに生活することがばかり考えていました。

まず一番削っていたのが食事です。
一日なるべく1食で過ごし、体が弱っていると思ったら2食目を食べると言った生活でした。
だいたい月の半分は1食で過ごしていました。

幸い実家からお米がおくられてきたので白米にはこまりませんでした。
ほとんど毎日白米ばかりたべ、たまに徳用で買ったウィンナーをおかずにしていました。
光熱費節約で家ではほとんど電気やガスを使わず、娯楽はもっぱら図書館で借りた本でした。

借金地獄で家族全員苦しんでいます

妻と子供がいるというのに、欲望にかられ借金を作りました。
それまではそこそこ良い生活をしていたために、妻は専業主婦、子供もやや贅沢を楽しんでおり、借金ができたからといって、突然生活レベルが下がることに妻と子供も耐えられないようです。

よその家庭は週末には外で食事をするのが当たり前。
それも、ファミレスではなく料亭やバイキング。

しかし我が家では借金地獄のために、食事は具のない30円のうどん。
栄養は偏り、子供は育ち盛りだというのにガリガリです。
給食でなんとか栄養が補えるのが救い。

妻は今更働きに出ようにも、就職先は無く、低賃金のパートも馬鹿らしくてできない、と金持ちとの再婚をほのめかす始末。
自分は、というと水筒に水を入れ、会社で喉を潤し昼食は無し。
朝は安売りのパンを食べ、夜は醤油すら無い卵かけご飯。

子供はよく動くために、すぐに靴がボロボロとなり、靴下にも穴が空き、服も擦り切れてしまうのですがまだ着れる、と服飾品を買い替えません。
妻は化粧をしなくなり、節約を強いられストレスからイライラするようになりました。
家庭を作るならばお金が無くては資格が無い、家庭を作ったならば幸せにしなければならず借金はもってのほか、と今更ながらも思います。

お金は幸せでもあります。
借金をしたばかりに家族全員が不幸となりました。

借金返済地獄体験談

アルバイトで借金返済しながらFXに一喜一憂。

私は、若いころからインターネットに興味があって、そこで見た企業広告で、株の投資や外国為替証拠金取引(つまりFX)での、不労所得に大変興味を持ちました。
そしてそれならいっちょFXやってみようかとなり、また当時、絵画の制作にも興味があって、田舎から上京し、都会で気楽な一人暮らしをしていました。
専門学校に入学、学資ローンで借金して、アルバイトで返済しながらの金欠生活、毎月の家賃も時々滞り、金銭的には非常に大変な思いをしていました。

今現在は絵画でなくて商業デザインで企業のロゴマークなどをSOHOという形で手掛けています。
株の方もひと段落し、半ば引退してすっかりFXの方だけに専念をしています。
今も毎日アルバイトをしながら借金返済しつつ、FXで一進一退の攻防戦をして一喜一憂しています。

そもそもアルバイトでの収入は大層微々たるもので、それで様々な仕事の掛け持ちをしながら、毎日を忙しくあちこちの職場を飛び回っています。
それでもいつかは借金を全部返して、安定した収入を得るために、複数の仕事を頑張っています。
というか頑張らざるを得ません。

早く年金生活者になりたいなと、そしてあと何年でそうなるか、毎日ため息交じりです。
このままアルバイトの金欠生活では、いつか体を壊してしまうのかもしれません。
そうしたら、待っているのは借金地獄です。

借金返済地獄体験談

飲み会つづきで借金400万!先輩からの飲みの誘いが原因でした。

私が大学を卒業して就職をした会社での出来事です。
入社してすぐにシステム機器の飛び込み営業をする部所に配属になりました。

先輩社員が10名いて営業でのストレスを発散するために、ほぼ毎日飲み会に誘われていました。
新人の私が断れる雰囲気ではなかったので、決して酒は強くないのですが、イヤイヤながらも飲みに出ていました。

居酒屋から始まり、2件目はスナックで週末になるとダンスホールやクラブなどで飲み歩いていました。
そんな生活ですから、給料なんかアッという間に無くなってしまいます。
先輩たちの中にも借金に追われている人が何人もいました。

お金が無くなっても飲み会は無くなりません。
特に2件目に行くスナックは5、6件常連の店があって、ほとんどの店でみんなツケで飲んでいました。
先輩たち全員が消費者金融から借金をしていて、キャッシングをしてツケを払いながら飲み歩いていました。

私もボーナスの時にまとめて返済をしたりしていましたが、こんな生活をしていると借金は膨らんでいくばかりでした。
仕事があって、そこそこ収入があるだけで、サラ金は幾らでもお金を貸してくれます。
何社からも借り入れをしているうちに、自分がどれくらい借金をしているのかさえ分からなくなっていました。

そうこうしているうちに、返済期限がきても返すことができないことが起こるようになってきました。
サラ金から会社にまで電話が頻繁にかかってくるようになり、借金のことばかり頭に浮かんで、仕事も手につかなくなっていました。

これは本当にマズイと思い、銀行に勤めている友人に相談をしました。
そして彼からのアドバイスもあり、まずはどこからどれくらい借りているのかを整理してみました。
すると400万円の借金があり、まともな返済は難しいことが分かりました。

このままの生活を続けていたら破産するだけです。
「とにかく返済する会社を何とか1本にしよう!」ということになりました。
友人の知恵を借りて、何とか1社に絞ることができましたが、本当に節制をした生活をしていかなければ無理だと言われました。

私はここで変わらなければ、自分自身がダメになってしまうと思い、会社を辞めてもいいという覚悟で先輩たちからの飲み会の誘いを一切断ることにしました。
最初はいろいろと言われましたが、配属も変わったりしているうちに5年掛かりましたが、何とか借金を返済することができました。

借金返済地獄体験談

借金まみれで身内から絶縁された友人。

私の友人だった高校の先輩が、唯一の身内だったお姉さんから絶縁されました。
理由は、今までも幾度となく借金まみれの友人に振り回され、いちばん世話を焼いていたお父さんも昨年亡くなられたこともあって、ケジメをつけたかったのでしょう。

友人の悟は、高校卒業後東京の大学に進学をしたのですが、3ヵ月で中退をして地元の北海道に戻ってきました。
もともと友人が多かった彼は、同級生だった友人のアパートに居候をしていたのですが、特に仕事を探すわけでもなくて、パチンコに入り浸っている生活でした。

もちろん収入があるわけがなく、そこらじゅうの連絡の付く友人からお金を借りる借金まみれの生活をしていたようなのです。
居候をさせてもらっていた友人とも、彼の留守中に置いてあった財布からお金を抜いてパチンコですってしまったことが原因で、ケンカになり追い出されてしまいました。

そんな彼が、どうやって住居を見つけたのか分からないのですが、そこそこ立派なアパートに住んでいたのです。
どうやら父親が、きちんと仕事を見つけて働くことを条件に、お金を出してくれたようでした。
父親のツテで仕事が見つかり働いたのですが、遊び癖は変わっておらず、何か所もの消費者金融からキャッシングして借金まみれになり、300万の返済に追われていました。

彼の身内であるお姉さんが、勤めている会社の社長さんから話を聞いて、あわてて自分の貯金を崩して借金を返済をしてくれのです。
その時に、「今度同じようなことがあったら絶縁するから!」と言って、彼には本当に生活を改めるように言い聞かせたのです。

その後、1年位はよかったのですが、また悲劇を繰り返してしまったのです。
今度は消費者金融だけじゃなくてヤミ金にも手を出すという最悪の借金まみれ。
取り立てから逃げ回っていたらしく、勤めていた会社も無断欠勤が続いていてクビになりました。

とうとう行くところが無くなってしまったのか、父親のところに泣き付いてきたそうなのです。
今回は450万も借金があって、それを知ったお姉さんは激怒して父親のところへ行きました。
お父さんは肺がんを患っていて入退院を繰り返していたそうです。
身内のしたことで、たくさんの人達に迷惑を掛けていることを酷く気にしていたらしくて、貯金をはたいて全額を返済しました。

ところが、その半年後に心労もたたってか亡くなってしまったのです。
お姉さんは遺品整理をして、お父さんが住んでいた家を売却した半分を悟に渡して、絶縁を言い渡したそうです。
その後、彼は東京へ行ったようなのですが、携帯もメールも繋がらなくて、現在は何をやっているのか分かりません。
とにかくいつも借金まみれの生活をしていた印象しかありません。

しかも2度までも借金返済をしてもらったにもかかわらず、行方知らずの親不孝息子です。
お姉さんからは、私達に「身内が本当にご迷惑ばかりお掛けして申し訳ありませんでした。もし悟が現れた時は一切関わらないようにお願いします。」とお詫びのお手紙を頂きました。
今も彼は借金まみれで逃げ回っているのでしょうか。。

借金返済地獄体験談

友人の借金よりも銀行のローン返済を優先している体験談。

借入をたくさんしているといつのまにか麻痺してしまうことがあります。
お金を貸してくれた人には心から感謝していますが、いちいち誰からいくら借りたかなんてメモにもとっていないし、いろんな人から借りると覚えてなんかいられないのが事実です。
そのつもりはなかったけど踏み倒してしまった友人からの借金もたくさんありますが、よく把握していないのが事実です。

私はこれまでいろんな人に、お金を借りてきました。
銀行のローンなども使いましたが、そちらはきっちり請求してくるし返さないとやばいのは分かっているので、返済しています。
友人からの借金は5人くらいから借りていて、数千円の金額から一番多い額は10万円くらいです。

理由は飲みに行ったときに手持ちのお金がなくて借りたものだったり、生活費が足りなくて貸してもらったり様々です。
しかし私も銀行にそれなりのローンがあるので、感覚がマヒしてしまい、いつか返そう、数万円くらい借金とは言えないだろう、くらいに考えてしまっていました。
今でも銀行系のローンはきっちり返済しています。

しかしどうしても友人からの借入に対してはルーズになってしまいます。
借金返さなかったことで離れていった友人ももちろんいますし、いまだに付き合い続けてくれる友人もいます。
私もそのうち返さないとな、と思いつつつい後回しにしてしまっているので友人には申し訳ないです。

友人に借金の相談をしたら消費者金融を薦められた。


最近、本当にお金に困っている。
なにも既に借金があって返済できないなどと言う訳ではない。
今年に入って、会社の同僚や学生時代の友人の結婚式が度重なり、ご祝儀が足りないのだ。
しかも、先月には嫁の父親が他界し、その葬式費用も全て私がまかなった。

もちろん遺産は無かった。
来月には妹の結婚式もある。
おそらく世間一般の常識では兄弟の結婚だと10万以上はご祝儀を包むのではないだろうか。
しかしもう貯金はなく、生活費も切り詰めている状況だ。

仲のいいかわいい妹の結婚式にご祝儀を出さないなんてことは有り得ないことである。
兄の面子にかけてもお祝いしたいのだ。
本当に困った私は、学生時代の友人に借金について相談した。
友達から借金しようと思ったのだ。

しかし、私の相談に対する彼の答えは、私の想像とは違っていた。
快く了承するでもなく、断るでもなく、
「なんだ、それなら消費者金融でキャッシングすればいいじゃないか」
であった。
確かにそれは思いつかなかった。

友人いわく、今時の消費者金融は、30日以内に借りたお金を返済できれば、利息がつかないらしい。
素晴らしい!
そうすれば来月のボーナスで返せる。
早速友人も度々利用するという消費者金融でカードを作り、お金を借りた。
友達に相談してみてよかった。

学生時代の友人からの借金踏み倒し。ある日呼び出されて行くと。。


学生時代、何かと懇意にしてくれる友人がいました。
お互いよく酒を飲んだし、アニメや漫画という趣味も共有できてかなり仲が良かったです。

私はアルバイトをあまりせず、親からの限られた仕送りだけでやりくりしていたので、時折酒代が足りず、そのたびにその友人からの借金に頼っていました。
「必ず返済するから」とは言っていたものの、飲んで憂さが晴れるとともに全部忘れてしまうようで、毎回「この次は必ず」で済まされました。

ですが、友人はきっちり覚えていたのです。
大学を卒業してから友人は地元で高校教師になり、私は上京してサラリーマンになった後、退職してニートになりました。

その間、友人は結婚し、その結婚式にも呼ばれました。
その時も(当たり前ですが)学生時代の借金返済の話は出ませんでした。

ですが、あるコミックマーケットの日、友人から「東京ビッグサイトで待ってるからお前も来い」という電話をもらい、喜び勇んで待ち合わせ場所に行ったところ、友人は奥さんやその他の後輩と待ち構えていて、「あの時の借金をご飯で返してもらう」と言い出したのです。

もちろん私にはそんな持ち合わせはありません。
ビッグサイトの食堂街を引き回された後、私は「不愉快だから」と言って帰りました。
その後、その友人夫婦とは全く交流はありません。

借金返済地獄体験談