借金地獄に苦しむ人の理由が酷い。

借金地獄で常に人にぺこぺこしながら、それでも生活を改善しない人を何人か見ています。
その内の一人は、親の借金が原因でした。
残りはいわば自業自得…と突き放しては、過酷な表現かもしれませんが、傍から見ていて、あきらかに原因が判明しているのに、それを改善しようとしないままで、私自身が貸したお金は縁切りと思って、そのまま連絡を取らないようにしました。

親の借金が原因の人は、きちんと自分で対処をし、切り詰めた生活と返済計画を立てたことで、徐々に残高は減って、人としてもきちんとした生活をしています。
それ以外の人達はと言えば、まず借金地獄で苦しむ理由が酷いです。

付き合っている彼氏に貢いでいる(話を聞くだけでも、あきらかにカモ扱い)・まだ手にしていないお金を、今後手に入るからとあてにして、それ以上分ぐらいの金額を使う(ボーナスや、ひどい場合は親の遺産)、そしてお金の貸し借りに関する法律やルールを調べず、とにかく借りれればいいと高利率の借金でもとにかく借りてしまう・・などです。

そして一番痛いのは、途中で誰かがさりげなく諌めても、それは耳に入らずむしろ相手を敵視するようなところですね。
思い当たることがある方は、借金地獄で苦しむ前に見直しください。

借金返済地獄体験談

返済しても返済しても減らない借金地獄で死にたいです。

以前の話ですが、自分自身の遊興費のために300万円ほどの借入をしたことがありました。
夜の世界にドップリとハマってしまったのです。
毎日のように足しげく店に通っては、ある女性を指名してお金を浪費していました。

しかしギリギリのところで一線を超えることは出来ず、ついにはお目当ての女性に店を辞めるからとフラれてしまったのです。
こうして一気に目が覚めて現実に戻ってみると、私には300万円ほどの借金だけが残ったのです。
まだグレーゾーン金利が撤廃される前の話でして、月々の利息だけでもかなりの額になっていました。

まさに返済しても返済しても元金が減らない借金地獄の状態になってしまったのです。
お目当ての女性にフラれる。
自分としては返し切れない借金地獄になったために段々と鬱のような状態になり、ついには死にたいと思うようになってしまったのです。
しかし、そんな私にも光明が差してきました。グレーゾーン金利の撤廃です。

私が支払っていた金利は違法なものとして、弁護士事務所を通してお金が戻ってきたのです。これには救われました。
そして適正な金利になってからは、返済して徐々に借金も減っていったのです。
あの時は本当に死が頭の中をよぎりましたが、今となっては本当に実行しなくて良かったと思っています。

借金返済地獄体験談

ギャンブル中毒で借金地獄。それでも止められません。。

パチンコで借金地獄の生活になってしまいました。
賭け事が原因で借金をしてしまう人はとても多いようであり、ギャンブルの中毒性の恐ろしさを思い知ってしまいます。
私は友達付き合いで初めてパチンコをしましたが、その時に大当たりして大金が儲かったのです。

その嬉しさは大きく、大きな利益を得たという満足感にて満たされました。
それからは暇があればパチンコ店に通い、負けたり勝ったりを繰り返しましたが、ある日ギャンブルで有り金全てをすってしまい、消費者金融のお世話となったのです。
消費者金融は街中に看板、店舗、無人機を多く設置しておりお金に困った時はいつでも気軽に借り入れできるようになっています。

お金に困ったものの、数時間後には借りた数万円を手にし、お金のない焦りなど忘れ去りました。
お金が無くなっても借金をすればなんとかなるんだと、その時に学習してしまったのです。
それからは消費者金融をあてにし、無計画にパチンコで遊び、お金をする日々です。

返済できない日もあり、段々と借金地獄で生活を押しつぶされているのを感じています。
ギャンブルはやめられず、私は給料をパチンコ店と借金返済に吸い取られている状態です。
稼ぎにも限界があり、行き詰まってしまう日が近いと感じております。

借金返済地獄体験談

ブランドのバッグをキャッシングで購入したら借金返済地獄が待っていました。

三年間も付き合った彼から別れを切り出されたのです。
それは私との価値観の違いからでした。
私はお金をあるだけ使ってしまうのです。
そんな私に飽きれてしまったみたいです。

そしてとうとう私はキャッシングをしてしまったのです。
お金がないのに、とても欲しいブランドバッグがあったのです。
そのバッグはなんと十万円もする高級なもので、身近では誰も持っていないのです。
だから最初に私が持ちたいと思ったのです。
おしゃれでとても素敵なブランドバッグなので、一目ぼれをしました。

でもお金がありません。
私には貯金がないのです。
あったらあるだけ自由に使っていました。
そんな私なので、なんとかしてでも手に入れたくなったのです。

でも実家の両親は決してお金を貸してはくれません。
それは私の浪費癖を知っているからです。
だから困っていました。
このままではあのブランドバッグは誰かに買われてしまうのです。
それだけは嫌なのです。

だから私はキャッシングで借金をしました。
初めてだったのです。
借金してでも、あの素敵で高級なバッグを手に入れたかったのです。
初めてのキャッシングはとてもドキドキしました。

でも大好きなバッグを持ち歩けるようになったので、とても幸せなのです。
でもこれから毎月の返済が待っています。
借金地獄が待っていたのです。
頑張って返していくしかありません。。

借金返済地獄体験談

お人好しの両親が保証人になって借金地獄におちいった体験談。

私の両親はお人良しと言うか、人が良過ぎるのが欠点です。
そんな両親は数年前お金に困っていた知り合いの連帯保証人になって、多額の借金を肩代わりすることになってしまいます。
当時まだ子供だった私は突然暮らしていた一戸建てから、狭いカビ臭いアパートに引っ越すことになって驚きました。

今となってはどうしてその様な暮らしになったのか理解できますが、その時は両親が理由を一切話してくれなかったので訳が分かりません。
それまでは専業主婦だった母までもが働き始め、子供心ながらに不安な毎日を過ごすことになった私。
両親が毎日休まず何かしら仕事をしている姿を見て、倒れたりしないかと凄く心配しました。
「大丈夫だよ」と言う両親の表情を見ても、とても大丈夫そうには見えなかった記憶があります。

両親が連帯保証人になって借金をするまでは所有していたテレビゲームや漫画は、古本屋や中古ゲーム買取店に売られてしまいました。
友達皆がゲームで楽しんでいましたが、私はずっとゲームと縁の無い生活になったんです。
家から電話も無くなっていましたし、夜20時には明かりを消して寝る地獄の生活。

食事も一日2食というのが何年もの間続きましたし、お菓子を買ってもらった記憶もありません。
近所の古着屋さんにて数百円で買ってもらった洋服、それを着て学校に通うのも辛かったです…。
借金地獄の過酷さを今振り返るだけでも泣けてきます。

ただそれでも両親は希望を捨てずに前向きに生き、しっかりと借金を返済してのけたので尊敬しています。
二度と辛い地獄は味わいたくありません。
今後は連帯保証人等には絶対にならないで欲しいです。
切実な願いです。

借金返済地獄体験談